大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)4938号 判決 1981年9月08日

原告 千代田歯科器材株式会社

右代表者代表取締役 白根和男

右訴訟代理人弁護士 立石邦男

同 深澤直之

被告 市村五郎兵衛

右訴訟代理人弁護士 福田彊

同 土谷伸一郎

同 中川康生

同 山川博光

同 山田善一

主文

一  被告は、原告に対し、四八二八万三二一九円と、うち四六二八万三二一九円に対する昭和五五年三月二五日から、うち二〇〇万円に対する昭和五六年九月九日から、各支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五一三四万一六六九円と、うち四六六八万一六六九円に対する昭和五五年三月二五日から、うち四六六万円に対する昭和五六年九月九日から、各支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、歯科器具及び材料並びに医薬品の販売等を業とするものである。

2  原告は、昭和四七年六月一日、被告から、東京都千代田区神田司町二丁目五番地所在鉄筋コンクリート造地下一階地上四階建の建物(以下「本件建物」という。)のうち、地下一階九〇・九四平方メートル(以下「本件倉庫」という。)を借り受け、右賃借部分を歯科器具及び材料等の商品を保管する倉庫として使用してきた。

3  昭和五五年三月二一日午後五時以降から同月二五日午前九時三〇分ごろまでの間に、本件倉庫が床上約六〇センチメートルにわたり浸水した(以下「本件浸水事故」という。)。その結果、本件倉庫に保管中の原告所有の商品も、床上約六〇センチメートルの高さまで浸水し、さらに下段の商品が浸水によって荷くずれしたため、上段に積まれていた商品も荷くずれにより冠水した。

4(一)  右浸水の原因は、本件倉庫床下に設置された給水用の貯水槽及びこれに付随する諸装置の設置・保存の瑕疵にある。

すなわち、右貯水槽には、水位が一定の高さに達すれば給水を自動的に止めるフロート弁装置が備えつけられていたが、右フロート弁装置が壊れていた。また、貯水槽からいっ水した場合には自動的に排水を開始する自動排水ポンプ装置が備えられていたが、その電源スイッチが入っていなかった。

右のとおり、給水用の貯水槽及び排水ポンプ装置の設置・保存に瑕疵があった。

(二) 右貯水槽及び排水ポンプ装置は、本件建物の一部となっており、被告が占有・所有しているものである。

5  原告は、本件浸水事故により、次の損害を被った。

(一) 四六二二万三二一九円

本件倉庫内に保管中であった商品(仕入価額総額九五一五万七五〇〇円)のうち、別紙目録記載の商品が冠水及び吸湿により販売できず、右商品の価格相当合計四六三二万三二一九円の損害を被った。

(二) 三九万八四五〇円

原告は、本件浸水事故のため、昭和五五年三月二五日から同月二九日までの五日間にわたり、従業員八名をして本件倉庫内の商品の検査・移動・廃棄及び本件倉庫の整理をなさしめた。右作業に要した費用は、三九万八四五〇円である。

(三) 六万円

本件浸水事故後、倉庫内の商品を検品するため、商品を仕入れ先に運送した。また、使用不能となった商品は、業者に依頼して廃棄した。右運送費用と廃棄費用に合計六万円を要した。

(四) 四六六万円

原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償を求めたが、被告が交渉を拒否した。そこで、原告はやむなく弁護士立石邦男及び同深澤直之に本件訴訟提起を委任した。右弁護士費用は、損害額の一割である四六六万円が相当である。

6  よって、原告は、被告に対し、損害賠償金五一三四万一六六九円、並びに、うち四六六八万一六六九円に対する不法行為日である昭和五五年三月二五日から、及び、うち四六六万円に対する本判決言渡しの日の翌日である昭和五六年九月九日から、各支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び答弁

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3について

昭和五五年三月二五日に本件建物の地階で出水があったことは認める。ただし、出水の量、商品の浸水情況は不知。

4(一)  同4(一)は争う。

(二) 本件浸水事故は、原告会社従業員が、故意又は過失により、排水ポンプ用制禦盤内の電源スイッチを切ったため生じたものであり、原告の責に帰すべき事由に基づくものである。

(三) 被告は、本件倉庫を原告に賃貸するに際し、自動排水ポンプを含む付帯施設の管理一切を、原告において行うことを条件にした。すなわち、排水ポンプの作動状態の確認、照明の点燈、消燈、ガスの開閉、清掃、施錠、盗難防止等本件倉庫の管理一切につき、原告が責任をとる旨合意した。

したがって、自動排水装置が作動状態にあることの確認は、原告の責任である。

5  同5(一)ないし(四)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、《証拠省略》により認められる。

二  請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三  《証拠省略》によれば、請求原因3の事実を認めることができる。

四  前記二及び三で認定した事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告は、鉄筋コンクリート造り地上四階地下一階の市村ビルと呼ばれる本件建物を所有し、本件建物の一部に居住して、他の部分を賃貸している。原告は、右地下部分を賃借して、歯科器具及び材料等の商品を保管する倉庫として利用していた。

2  被告は、互興商事株式会社(以下「互興商事」という。同社は、不動産取引業及びビルの賃貸管理業を営む。)に対し、賃料の取立等本件建物の賃貸部分の管理を依頼している。互興商事は、賃料の五パーセントを管理料として受け取っている。

3(一)  本件建物では、本件倉庫の床下に貯水槽を作り、上水道からの水をため、さらに揚水ポンプをもって屋上の高架水槽に水をあげて、各階に水を配る仕組みになっている。

(二)  貯水槽に常に一定量の水をたくわえるため、ボールタップを用いたフロート弁装置が貯水槽に取り付けられている。右フロート弁装置は、一定の水位に達すれば自動的に給水を止め、一定の水位以下になれば自動的に給水を始めて、貯水槽の水量を一定に保つ装置である。

(三)  ボールタップを用いたフロート弁装置が故障しやすいことは、水道業者間では広く知られている。

4(一)  本件倉庫の床下には、地下水がしみ出るのを防ぐため、遊水槽が作られている。遊水槽に一定量の水がたまると、自動的に排水ポンプが作動し、たまった水は排水される。

(二)  排水ポンプは、本件倉庫の床にコンクリートをもって固定されている。

(三)  右排水ポンプの電気スイッチは、本件倉庫の壁に取り付けられた電源盤の中にある。電源盤にはふたが付いているので、倉庫内で作業中に誤って右スイッチに触れるといったおそれはない。また、本件倉庫の照明用スイッチは、右電源盤から離れた位置にある。

5(一)  市村ビルでは、給水装置関係の事故がしばしば(年三、四回程度)起きている。その原因は、主に揚水ポンプやフロート弁装置の故障にある。

(二)  右のような事故が分かると、被告の方で互興商事に連絡する。互興商事は、修理業者に修理を頼むとともに、原告に対し本件倉庫を明けるよう求める。そして、互興商事の担当者が右修理に立ち会うことが多い。

(三)  本件事故前にも、昭和五四年一二月初めごろ、揚水ポンプと貯水槽との間のパイプの中にある弁の故障のため、水道の水がでなくなった。このときも、互興商事の担当者が修理業者を頼んで修繕させている。

6(一)  本件浸水事故以前にも、原告は、二回の浸水事故に会っている。

(二)  一回目は、雨水が浸水したもので、大した事故ではなかった。右事故後、原告は、商品の下に三寸角の角材をひいた。

(三)  二回目の事故は、昭和五一年九月ごろ、起きた。そのときは、本件倉庫に床上約八センチメートルの高さまで水がたまった。しかし、商品の下に角材をひいていたため、被害は少なかった。出水の原因は、遊水槽に取り付けられたフロート弁装置がさびついてスイッチが入らないため、排水ポンプが作動しなかったことにある。

(四)  右浸水事故後、被告が浸水事故防止のための措置をとった様子はない。

7(一)  昭和五五年三月二一日午後五時ごろ、原告従業員が本件倉庫から出るときには、異常がなかった。同月二五日午前九時三〇分ごろ、原告従業員が本件倉庫に来て、本件浸水事故を発見した。

(二)  本件浸水事故の原因は、貯水槽のボールタップがはずれたため、フロート弁装置が作動せず、貯水槽から上水道の水があふれ、さらに、排水ポンプのスイッチが入っていなかったため、排水ポンプが動かず、あふれた水を排水できなかったことにある。

8  被告は、昭和五六年二月二六日ごろ、貯水槽のフロート弁が作動せず水位が上がった場合には、警報を発する装置を取り付けた。

五  前記四で認定した事実に基づき、被告の工作物責任について検討する。

1  前記認定の本件建物の構造、所有関係及び管理状況、並びに、前記貯水槽とこれに付属した装置及び自動排水ポンプ装置の設置状況・機能に照せば、貯水槽とこれに付属した装置及び自動排水ポンプ装置は、本件建物と一体となっており、被告が占有・所有する民法七一七条一項所定の「土地ノ工作物」に該当すると認めるのが相当である。

2  前記認定事実によれば、(一) フロート弁装置は故障しやすいこと、(二) 本件浸水事故以前にも浸水事故が起きていること、(三) ところが、被告は浸水事故防止のための措置をとった様子がないこと、(四) 本件浸水事故は、フロート弁装置の故障(具体的にはボールタップが外れた。)と排水ポンプが作動しなかった(電気スイッチが入っていなかったことが原因である。)ことから生じていることが指摘できるから、他に特段の事情のないかぎり、本件浸水事故は、貯水槽に付属したフロート弁装置及び排水ポンプ装置の設置ないし保存の瑕疵により生じた、と認めるのが相当である。

3  被告は、原告従業員が排水ポンプの電源スイッチを切った旨主張する。

しかし、右主張を認めるに足る証拠はない。

4  被告は、本件倉庫を原告に賃貸するに際し、自動排水ポンプを含む付帯施設の管理一切を、原告において行うことを条件とした旨主張する。

そして、証人黒木己喜及び同市村光司の証言中には右主張に副う部分がある。しかし、原・被告間の賃貸借契約である甲第二号証の記載(右契約には、被告主張のような条件の記載はない。第四条は、用途として、原告は貸室を善良なる管理者の注意を以て倉庫及びガレージとしてこれを使用し、その他の用途にこれを使用することはできない、と規定している。右規定は、民法六一六条、五九四条一項及び四〇〇条の各規定を明文化したものと解されるから、右規定をもって、本件倉庫の使用とは関係ない排水ポンプの管理義務を原告が負担すると解する余地はない。また、第八条は、修繕として、原告は貸室及び被告所有にかかる諸造作設備に修繕の必要を生じ又は災害予防止上の措置を必要とする個所が生じたときは速やかにこれを被告に通知し、被告は遅滞なくこれに応じなければならない、と規定する。右規定は、賃借人に故障個所等を発見したときには賃貸人に通知する旨の義務を負担させたものと解されるが、故障個所等を発見すべき積極的義務を賃借人に負担させたもの(特に、被告所有の造作設備については)とまで解することは困難である)、及び証人黒木己喜も、他方で、排水ポンプの作動状態の確認を原告でやる旨の約束はなされなかった旨証言していること、並びに、証人立川長三の証言に照らし、証人黒木己喜及び同市村光司の前記各証言部分は信用できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

六  次に、損害額について、判断する。

1  (請求原因5(一)について)

《証拠省略》によれば、

(一)  本件浸水事故により、本件倉庫内に保管してあった原告所有の商品が冠水ないし吸湿したこと、(二) そのため、別紙物件目録記載商品が販売商品としての価値を失ったこと、(三) 右商品仕入価格は、合計四六二二万三二一九円であることが認められる。

とすれば、原告は、本件浸水事故により、四六二二万三二一九円の損害を被ったと認められる。

2  (請求原因5(二)について)

《証拠省略》によれば、原告は、本件浸水事故後、本件倉庫内の商品の検品・移動・廃棄及び本件倉庫の整理のため、従業員八名を五日間にわたり働せたが、右期間の八名の給料は合計三九万八四五〇円になる、と認められる。しかし、《証拠省略》によれば、右三九万八四五〇円との金額は、原告が前記従業員八名に対し本来負担していた月給のうち、本件倉庫内の商品の検品・移動・廃棄及び本件倉庫の整理のため働いた五日間に相当する金額を算出し合計したものであると認められるから、右金額は、本件浸水事故がなくとも支出すべき性質のものであり、右事故との間に因果関係を認めることはできない。

3  (請求原因5(三)について)

《証拠省略》によれば、(一) 原告は、本件浸水事故により冠水ないし吸湿した商品を、検品のため、仕入先に運んだが、そのため、商品を運ぶ車両を二万五〇〇〇円で借りたこと、(二) 原告は、本件浸水事故により販売価値を失った商品を廃棄するための運搬費用として三万五〇〇〇円を支出したことが認められる。

とすれば、原告は、本件浸水事故により、合計六万円の損害を被ったと認められる。

4  (請求原因5(四)について)

《証拠省略》によれば、(一) 原告は、被告に対し、本件浸水事故により原告に生じた損害の一部を負担するよう求めたが、被告は、これを拒否したこと、(二) そこで、原告は、立石邦男弁護士及び深澤直之弁護士に訴訟追行を委任して、本訴訟を提起したことが認められる。右認定の事実に、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等諸般の事情を考慮すれば、本件浸水事故と相当因果関係にある損害は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

5  (まとめ)

したがって、原告は、本件浸水事故により、合計四八二八万三二一九円の損害を被ったと認められる。

七  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、損害賠償金のうち四八二八万三二一九円、並びに、うち四六二八万三二一九円に対する不法行為日である昭和五五年三月二五日から、及び、うち二〇〇万円に対する不法行為日以後である昭和五六年九月九日から、各支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林正明)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例